あけおめことよろ。
昨年はインドに出かけたまんま消化することもなく大地震が起きて原発が爆発して写真展をやりまくってDJ再開してクルマ買って終わってしまった。
と書いてみると実に充実していた様だ。何よりだ。
仕事の方でも三年掛かりで構築した仕組みが順調に回転し始めたので、特段苦しむことも無く順調に成長しており、
そうは言っても楽しいかといえば楽しいって程でもなく、言い方は悪いのだが暇といえば暇である。
えんぞうを採用してくれたと言っても過言ではない上長が腐ってるように見えたと言っていたのが印象的でもあった。
振り返ってみると社会人になって5年は拘束時間だけで見たらヘタすると普通の人の1.5倍くらい働いてたような気がする。
幸運なことにやらされ感ではなく、やりたくてやってたのでそこにはあんまりネガティブな思い出はないのだが、
27歳の時に、
この拘束時間と見込み年収で将来ってどうなんだろか、
とふと立ち止った途端に、
拘束時間を半分にして見込み年収を倍位にしないと見通し立たねーな、
と直感的に悟った。
で、ムチャクチャ寒いけど強烈に疲れているのでよく眠り目が覚める。
朝食は近くのまた別の定食屋で。
晩には出発なので、早々と観光名所を巡ることにする。
駅前でリクシャ(人力)を捕まえてラール・キラーまで走らせ(当初50ルピーで渋られたが連れてくというので乗ったが)、
ムチャクチャ長い道中ケツ及び頭をしたたかに打ち付けまくるなど運転手の苦労も忍ばれたので、居り際にいいよと100ルピーを渡す。彼の笑顔が忘れられない。。。
でラール・キラーには入らず(笑)外観と記念撮影の上、チャンドリー・チョーク(参道)、ジャマー・マスジット(モスク)の外観を撮影のみ行い、デリー道中だからと当たり前ながらインド人でごった返すバザールを見物。
嫁が毛布が欲しいというんでモンゴル人の露店で値切りまくってゲット。因みにモンゴルの人って日本人と顔つきほとんど同じなんだな。
顔が似てるね僕らって話を英語でしたのだが変な感じ。
一路ニューデリー駅に戻ろうとインド人の波をかき分けて進もうとするんだが、前二人が動かない。
後ろも押してくるのでスゴイ混雑だなーと思ったら、前二人がむしろ後ろに下がってくる感じでその前にスペースが。
おかしーなーと思ってたら後ろにいた妻が「ポケットに手を突っ込まれてるよー」と呼ぶので確認するとたしかにカーゴパンツのポッケのチャックが開いている。
とその瞬間に前二人と後ろ二人が足早に逃げ去ったので、あーこれがスリってやつかーと思ったが、
実はそれも織り込み済みでこのカーゴパンツのポケットには窮屈なデカイ財布を入れてあるので工夫しないと出せない仕様。
というかスリのように気付かないように抜くことが絶対できず、コツなしであれば結構全力で引っ張る必要がある。
なので無事。
そうか、4人掛かりでスリしないと行けないくらいスリってビジネスが重要というか貧困層があるってことなんだなあと。
これ割りと一般的な手口らしい。
本当に重要な財布はポケットなどではなく地肌に密着させておいたほうがいいよ。
人ごみを抜けてオールドデリーと呼ばれる旧市街のコアな辺りを抜けて歩く。
軒並みシャッター街で人通りも少ない。嘗てはバラナシよろしく賑わっていたようなのだが、どういう訳かバイオハザードよろしく廃墟化している。
半壊した建物も散見できる。あとで知ったんだが、この辺りは治安も悪いらしい。
実際に警官隊が隊列を組んでパトロールをしており、廃墟を撮影していたら、何をしているのかと質問された。
正直に僕らは観光者でこの風景を美しいと思ったから写真を撮ってたと答えたら、
「う、美しい!?」
と二度聞きされた。
まあすんません、僕らはそこに実存を見ていないのです。
で、またメインバザールの方に戻り、インド最終日を遊びつくそうと日が暮れるまで歩きまわる。
商店街、野菜市場、ラッシー屋、チャイ屋、うざい呼び込み、写真を撮ってと駆け寄ってくる子供たち。
宿に迎えのタクシーがやってきて、夕闇の中を一路デリー国際空港へ。
目覚めるとそこはデリーではなかった。全然。
今回も食事が出る事になっていて、有難い事にこんどこそはこれにありつくことが出来た。なんともいかつい食事だったんだけどお腹が空いていたので助かった。。。
定刻から遅れること13時間。デリーに到着したのが午後2時ごろ。
宿を決めてなかったので、先に出会ってた日本人連中の案内を参考に日本語堪能なオーナーのいるホテル・パヤルを目指すことにした。メインバザールの中程にあるそうで、まずはメインバザールにでなければならないのだが、さすがニューデリー。駅が半端無くでかいのでどっち口にでたらいいのかよく分からない。
ペデストリアンでっきというかに腰掛けてるおねーさんにメインバザールはどこかと尋ねるとしっかりと指差しで教えてくれたもので、
全力で信用してそっちに行ったら反対でしたというお約束。マジで(北)インド人は信用できない。自分以外は信用しない方がいい。
で、パヤルさんの宿に無事到着。いったんチェックイン。
このパヤルさんは日本語堪能なんだがなんか胡散臭い。
ホテルパヤルは目下改装中で通された部屋は天井から様々な塗料めいたものが飛散しており且つ鬼寒いのだが、見晴らしがいいのでよしとする。
一休み後に折角だし、と新市街コンノートプレイス方面に散策。
売店でthumsupを買おうとすると先客に横入りされる。
そのおっさんえんぞうが買い物を終えると、
「キミはいつからデリーに住んでるの?インド人にしか見えないよ」
と声を掛けてくるが面倒くさいのでスルーし、行き先を聞いてみるとやっぱり全然違う方向を指さして、
「道は繋がってるから」
と促してくれる。
このおっさん怪しいおっさんなんだろうか、と思って促された道歩いて後方を確認するが特についてくる気配は無いので、
じゃあいいおっさんだったのかなー、と思ってたらやっぱり一味と思われるあんちゃんがやってきた。
ひたすら話しかけてくるので面倒くさいからどっかいってくれと言ってどかして、来た道を戻って(あんちゃん必死にそっちは違うと呼びかけてくる)当初予定通りの進路を取る。案の定目的地に辿り着く。
デリーこんな感じなのかーと少し残念に。
このコンノートプレイスというのは成金志向な感じで店の入口に私設ガードマンが立ってて、一方特段魅力的な店があるというでもなく、
日本で言うと田舎のイオンモールの全部の店の前にガードマンが立ってるかのような感じでぜんぜん面白くなく、
目的の公設お土産屋さんはクソ高級品ばかりで不発だったので、道すがら売店でスパイシーなおやつを買い求め路肩で咀嚼。
すると脇の駐車場から象さんのかかれたマットを売りつけんとおばさんがアピールしてくるが疲れてるので完全に無視。
旧市街メインバザールに戻り、しばし散策。
なんというか新市街よりこっちの方がのんびりしてて楽しい。
汚いしうるさいのだが人情味があるし歩いていて警戒することも少ない。
第一に遊んでいる子供が多い。
かなり冷え込むのでおみやげ屋で毛布を買い込んで近場の定食屋で量は多いんだが、不味いカレーをたらふく書きこんで轟沈。
因みにホテルの部屋が寒すぎて普通に吐く息が白かったのが忘れられないなあ。
妻がミラコスタ宿に泊まったら、頼まないと人数分の歯ブラシとかセットは貰えないし部屋もちと汚いというか髪の毛じゃん見たいな感想を述べていて、なるほどそうそう簡単では無かろうが神話はパーク内で完結してしまうのか、とやや残念な心境に。
そこを利用するユーザーは翌日帰るか翌日またパークで遊ぶ訳なので、歯ブラシとか髪の毛とか東横インでさえあの価格で一級水準でクリアする事を、ブランドロイヤリティにかまけてサボっている様では駄目なんだぜとか言いたいが、サボってても人が来るんだな平時はな。
其が闘争ってもんよ。
先週はインド祭り。
夜駆け込んで食い散らして来た。
先述の通り年始現地にて死ぬ程のインド率を喰らって来たので既に我が国めいたインド率等敵では無いのだが、シディーク。
シディークは半端なく臭い。
本場より臭い。
おすすめである。
尚インドは大きく南北で人種が異なり、文化も生活様式も異なる。更に東西で砂漠寄りか山岳寄りかでも色々違う。
(2011.09.19)はなんとかかんとかの一環で非常に大規模なデモ行進が執り行われていた。
ちょうどえんぞうは代々木上原のモスク(東京ジャーミィ)を見学しようというので歩くのが面倒だから車で移動していたのだが、
このデモ行進というのが明治公園から代々木公園までというルートだったので直撃を受け、
見事に20分から30分間を窮屈な車内で浪費してしまった。
俺の貴重な休日の30分は世間にとって見れば路傍の石とかわりないかも知れないが、
俺にとってみればデモ行進が路傍の石と大してかわりのないものなので、
路傍の石同士が罵り合っても仕方が無いので痛み分けにすべきところなのかも知れないがそうも言ってられない。
ここでハッキリ言っておくが、えんぞうは脱原発派である。
めんどくさいから大して学んでは居ませんが、発送電分離でスウェーデン方式にして欲しいと思っています。
各家庭が好きな発電方式で電気を買ったらいいじゃねーかと思ってます。
という前提で、
それを実現するにはどうすべきか考えても仕事に直接関係ない上にそんなに暇ではないのでたまに思いを馳せてみたりする程度です。